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広島高等裁判所 昭和30年(ラ)15号 決定

抗告人 原田教

相手方 山口県公安委員会

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は、「原決定を取り消す。相手方が昭和三〇年二月一〇日付を以てした抗告人の運転免許(普通自動車免許第七〇四号及び自動三輪車免許第八二三号)を同年二月一四日から五月一四日まで九〇日間停止する旨の行政処分の執行を停止する。」旨の裁判を求め、その理由とするところは、別紙抗告の理由記載のとおりである。

記録及び疏明資料によれば、

(一)  抗告人が昭和二九年一〇月一九日一二時四〇分頃飲酒酩酊の上普通貨物自動車を運転し、宇部市藤山区藤曲においてタクシーと衝突事故を起し、タクシー運転者松谷民夫に対し全治一〇日間の傷害並びに物損二五万円相当の損害を与えたとの理由より、昭和三〇年二月一〇日付にて相手方から抗告の趣旨記載の本件運転免許停止の行政処分を受けたこと。

(二)  抗告人が昭和三〇年三月八日山口地方裁判所に、右事故当時抗告人は飲酒酩酊しおらず、該事故は全く相手運転者の過失によつて惹起されたもので、抗告人には故意過失がないから、抗告人に対する本件行政処分は違法であるとして、その取消を求める本案訴訟を提起し、該事件(同裁判所昭和三〇年(行)第五号)が現に右裁判所に係属中であること。

(三)  抗告人が本件行政処分の執行に因つて運転免許停止期間中自動車運転者として得らるべき収入相当の損害を蒙ること。

(四)  抗告人が昭和二九年一一月二〇日付を以てその勤め先であつた申請外宇部商事株式会社から解雇せられたこと。

が認められる。しかし行政事件訴訟特例法第一〇条第二項本文の償うことのできない損害とは、社会観念上金銭を以て償うことのできない損害と解すべきであるから、前記(三)の本件行政処分の執行に因り生ずる損害を以て同項本文の償うことのできない損害となし得ないばかりでなく、たとえ右(四)の事実によつて抗告人が生計に困窮している事情があるとしても、右損害を同項本文のいわゆる償うことのできない損害となすことはできない。なお、同項但書は、同項本文の理由ある場合でも、行政処分の執行停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼす虞のあるときは、該行政処分の執行停止ができない趣旨であるから、本件行政処分の執行を停止しても、公共の福祉に重大な影響を及ぼす虞がないから本件行政処分の執行停止申請は許容さるべきであるとの抗告人の主張は、如上本件行政処分の執行に因つて生ずる損害を以て償うことのできない損害となし得ない本件においては、考慮の余地がない。その他原決定には何等違法の点があるとは認められないから、抗告人の本件行政処分の執行停止申請を排斥した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がない。よつてこれを棄却すべきものとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 柴原八一 尾坂貞治 池田章)

抗告状

中略

理由

一、抗告人は十分なる疏明資料を提供点付せるに拘らず原審は之が綿密なる審査をせずして之を排斥して居る決定書自体を見れば判明する。

かかる事は自由信証の原則に反し裁判官の心証の憑拠と為りたる理由を開明せざる不備の判定である更に原審は各個の疏明方法に付証拠判断と推理に付いての分析検討をせず之を軽視看過し相手方を重視して感情で以て争点事実の否定をして居るやうに考へらる之れは現時の社会通念にも反し論理法則及経験法則を無視したる自由信証主義の濫用である原決定は速に取消すべきである。

第二、原決定は疏明方法の誤解に基く不法不当の決定である。

元来疏明は裁判官をして当事者の主張事実に付真実なるべしとの一応の信用を得せしむる程度のものである確信を必要とせない、だから疏明に付ては其主張事実に付争あると否とを問はず又裁判官をして凡ての疑を除去せしむることを要せない。抗告人の提出せる行政処分停止申請添付書類訴状添付の行政処分通知書(甲第一号本書)其他で疏明方法は完備して居る。之れに拘らず之れを排斥せるは又不十分なりとするは不当の裁判である。

第三、行政事件訴訟特例法第十条に原決定は違反して居る又之れに基かざる原決定なるが故に違法である。

右十条は(1)執行に因り生ずべき償ふことのできない損害を避けるため緊急の必要ありや否やの点(2)執行の停止が公共の福祉に重大なる影響を及ぼす虞れあるや否やの点の判定をせず尚(1)の点は本件の本質を軽視し及社会通念上金銭賠償不能の場合なるに之れが判定をせず更に相手方の意見たるや本案訴訟の争点に関するものであり抗告人の申請に付可否を争つて居ない本事件の性質にかんがみ至急に停止処分すべきに之れをなさない原審は書面手続の(書面審理手続)審理すら十分にせざる失当がある。

第四、原決定の論法を以てすれば如何なる場合でも裁判官は当事者の申請を却下する事となる。

行政事件の執行停止命令申請には民事訴訟法の規定と異なり証拠方法の添付の規定はない只執行停止が保全的性質を有するとの学説上から一応の疏明資料を要求しているに過ぎない、職権停止も出来るのである一応の疏明資料具備すれば申請は許すべきである然らざれば特に行政事件訴訟特例法第十条を設けたることは無意味となるのである。

仍て右理由により原決定の不当は明らかであるから之れを取消し相当の裁判を仰ぐ次第である。尚右の理由の外行政処分停止申請及訴状の原因をも茲に援用し尚本件は右停止期間(処分期間)も短かく現に余日少きに付更に裁判を求むる実益も存するに付至急何分の御裁判を求める。

昭和三十年四月 日

右抗告代理人弁護士 謝花寛済

広島高等裁判所 御中

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